はっきりいって、ぼくのゲームの腕前は下の下である。専門分野は作る側であり、プレイする側ではないのだから。
 だというのに。
 そんなぼくが、このようなギャラリーに囲まれて、ゲームの筐体の前に座ることになろうとは。
 それも、歴戦の猛者を相手にして!
「…………、ん、よし」
 工院大学こういんだいがくゲーム研究会会長・阿部あべ悠真ゆうま。このゲームセンターに通いつめ、著名な大会でも予選突破できるほどの腕前らしい。試合開始前から気を緩めることなく、レバーやボタンの感触の機微をグリグリパチパチと確認している。
「で、輝山……貴方勝てるんでしょうね?」
 負けると面倒が増えるから――今回のジャッジたる鷹池の表情はそう言いたげだ。何より、彼女は僕の実力をよく知っている。普通に戦ったところで勝てるはずがないということを。
 だから、彼女が問いているのは、何らかの秘策を用意しているのだろうな、ということに他ならない。
 それは、もちろん用意させてもらっている。
 とはいえ、ギリギリの橋を渡る必要はあるのだが。
 何しろ、ベースとなっているのは一対一の格闘ゲームである。この勝負のために準備は周到に積み重ねてきたが――少しでも油断すれば一気に飲み込まれてしまうほどに勝ち筋は細い。
「コースケ先輩……必ず、勝ってくださいね……!」
「せめて、ここまでの練習を無駄になさらぬよう」
 二人の後輩たちは、今回の経緯を聞いていないにも関わらず手放しで応援してきてくれた。
 それはきっと、感じるものがあったのだろう。ここで負けてしまったら……我々の人間関係に良からぬ亀裂が入るであろうと。
 それをもっとも気にかけているのは――
「輝山クン……悠真……」
 どちらにも声を掛けられず、遠くから見守ることしかできない先輩は胸元で拳を握り締め、何かに向けて祈っている。
 でも、心配しないでください。
 何故ならば――
 これは、僕が作ったゲームなのですから。

       ***

 三月――年度の終わりであり、新たな一年への切り替わりで賑わう時期でもある。
 とはいえ、ぼくの大学生活も三年目だ。いまさら大きな変化もない。
 少なくとも、ぼく自身には。
「やれやれ、引っ越しってのは面倒なことだが……これも<コゲ部>のよしみか」
 朝っぱらからこのような力仕事に付き合わされるなんて、そうでも思わなければやってられない。
 だというのに、そんなぼくの心意気すら、たった一言で無下にされた。
「え? <コゲ部>なら二年目に辞めちゃいましたよ」
 <コゲ部>――コンピュータゲーム部――ぼくが高校生の頃、一時世話になった部活である。我が後輩たる礼慈れいじも同様に在籍しており、そのままコーディングを続けていたのかと思っていたが、そんなことはなかったらしい。
 だとしたら。
「どうしてわざわざこんな尖った大学になど……」
 東科大学とうかだいがく――理系の単科大学である。しかも、工学部情報工学科。まさにコーディングのため――もとい、システムエンジニアのための学部といえる。
 ぼくはいい。まさにその基礎を学ぶためにここへ来たのだから。
 しかし、コーディングから離れた礼慈がここで学べることはあまりない。
 だというのに、あえてここまで追ってきた理由は――
「決まってるじゃないですか」
 開きかけた段ボールから手を放し、ズズっとぼくの鼻先へと顔を寄せてくる。後輩がまとっているのは普段着とはいい難い衣装じみた黒光りするジャケットやズボン。重労働のための作業着ですらなく、微塵のやる気も感じられない。
 そして、これから臨むべく大学生活に対してもこの言い分である。
「先輩に悪い虫がつかないよう見張るためですよ」
 ……またコレか。それは余計な心配だとOB訪問の際にも説明したのに。
「こんな男ばっかの大学で、言い寄ってくる女子なんているわけがなかろうに……」
 もちろん、男子一〇〇%ではないのだが、目につく異性は大方つがいだ。ぼくのことなど、気にも掛けないだろう。
 なのに、礼慈は頑なだ。
「それでも、ダメなんです!」
 この言葉の真意を、ぼくは理解している。そもそも、三年前の高校選びの際から、行動原理はずっと変わっていない。
 だから、今度はぼくの方から逆に迫ってみた。
「礼『菜』としてなら、ぼくだって――」
 本当の名を呼ばれた彼は……みるみる頬を紅潮させていく。
 しかし――
「おっ、お……女のコに手を出すなんて、フケツですよ!」
 二年ぶりだというのに、こういうところはまったく変わっていない。
「フケツ……なんです……」
 礼慈はションボリと俯いてしまった。ここが、彼女の難儀なところでもある。
「先輩……何で、男の人のこと、好きじゃないんですか?」
「女子が好きな男の方が多いだろ。そして、ぼくはその多い方に属しているってだけだ」
 数的にいえば、ぼくが異性を好む確率の方が高いことは、礼慈にも解っていたはずだ。
 それに、彼女自身も異性愛者に他ならない。女として、男のぼくに少なからぬ恋心を抱いてくれている。
 しかし、彼女が好きなのは――勘違いの産物ではあるのだが――男を愛しているぼくであり、ゆえに、女である『礼菜』を愛して欲しくはない。その葛藤の末に生まれたのが、彼女のもう一つの姿『礼慈』である。
 とはいえ、彼女は身も心も普通に女子だ。先程から荷解きの度に出てくるのはスカートを含んだ女子モノだし、何より――
「はぅっ、それ下着の箱じゃないですか! ドサクサに紛れてナニを企んでいるんです!?」
 このように、女子としての恥じらいも普通に持っている。何より、男手が必要だから、と引っ越しの手伝いに駆り出されているのだから、それで男子のフリをされてもいまさら遅い。
「まったく、油断も隙もないんですから……先輩は、そっちの箱を本棚に詰めていてくださいっ!」
 代わりに指図されたのは……何が入っているか分かっているだけに、気が重くなってくる。
「……こういうのって、セクハラになるんじゃないか?」
 とぼやきつつも、カッターの取り扱いには注意して……と。
「ああ、ご心配なく。そっちは健全本ですから」
 開いてみたところ……ああ、確かに。表紙で男同士が抱き合ってはいるものの、それだけだ。脱いでもいないし、表情も普通の笑顔である。が、知っての通り、彼女の趣味はこの程度には収まらない。
「で、不健全本はどこにあるんだ?」
 誤って開けないよう隔離しておこうと思ったが、その心配もなかった。
「なっ……そんなの気にしなくていいんです!」
 秘蔵のブツは彼女がしっかりと別管理しているらしい。それでは、こちらも安心して作業を進めていこう。

 暗くなる頃には、すっかり片付いてしまった。元々ワンルームに入る物量なので大したことなかった、ということもあるけど。
 そんなわけで、ぼくはそのまま礼慈の家で夕飯の用意をしている。引っ越しのお礼に、お代はこちらで持ちますよ! と礼慈は言うが、こうしてぼくが調理台に立つことに対しての返礼はないのだろうか。
「いいよなぁ、スーパー近くて」
 そもそも、どうしてこの大学はこんな山奥にあるのだろうか。情報系の学校なのだから、都会の一室にマシンを詰め込めば良かろうに。やたらと自然あふれる敷地に、空間を無駄遣いするように建てられた講義棟の数々……ひとえに理事長の意向らしいが、正直勘弁して欲しい。
 ということで、ぼくも二年前にここへと引っ越してきたのだが、少々家探しが遅れてしまったようだ。辛うじて通学には支障のない立地を押さえることはできたが……それだけである。駅も遠いしバス停もない。まさに、大学のためだけの住居となってしまった。
 それに引き換え、礼慈の家は商店街に近い。ということで、必然的にバスも多く、学校へはやや遠いものの、その本数に不満はないようだ。
あたしは、最初から推薦狙いで早くから家探しができましたからねっ!」
 服は相変わらずだが、口調はすっかり女子に戻っている。空腹なところに美味しそうな香りが漂ってきたことで、素に戻っているようだ。
 彼女のキャラ付けは付け焼き刃――というより、本人とて、元々男装癖があるわけでもない。ただ、ぼくに女子と関わらせたくないだけで。
 だから、どうしてもところどころで女子としての本音が出る。
「やっぱり、その言葉遣いの方が可愛いと思うぞ」
「はぅっ、ひぇ……ぁ……!」
 っと……声をかけるタイミングは考えるべきだったかもしれない。礼慈は手元をグラリと傾かせたものの、ふたり分の焼きそばが盛られた大皿は何とかバランスを保ってくれた。頼むから、食卓まで無事届けてくれよー……
「そ、それは、男のコとして可愛い、って意味ですよね!?」
「男が可愛い……って発想は、男のぼくにはよくわからないな……」
 巷に出回っている『男の娘』と呼ばれるキャラたちは、もはや股間がモッコリした女のコみたいなものだし。
「だったら慣れですね! 趣味が広がると、創作の幅も広がりますよ♪」
「都合のいいこと言って、ぼくをその道に引きずり込もうとするな」
 さて、あとはスープを器に注げば準備完了だ。
「むしろ、礼慈は自炊を覚えるといいぞ。調味料は置いていくからな」
「ぅ……ハイ」
 そんなこんなで食卓には焼きそばと玉子スープが並んでいる。ご飯を炊かなかったのはせめてもの慈悲だ。自炊を続ける覚悟を決めたのなら、その覚悟に応じた重量の米を買うといい。
 そして、向き合って腰を下ろしたら、いただきますの挨拶。スパイスの香り漂う焼きそばを取り皿によそいながら、礼慈は早くも今後の予定を立て始めた。
「ところで先輩、明日空いてます? 街に服を買いに行くんですけど、一緒に見てもらいたいな、って」
「ぼくに女子モノの服はわからんぞ」
 とは言いながらも、未知の体験は創作に関して新たな刺激になるかもしれない。
 そう期待していたのに、礼慈の思惑はことごとくぼくを裏切る。
「いえ、買うのは男物です。だから、先輩についてきて欲しいんですよ」
「おい……っ!?」
 ここで礼菜がごく一般的な女子ならば、彼氏の気配を感じるところなのかもしれない。
 が、礼慈がそういうことを言い出したとなると話は異なる。
「まさかとは思うが……そういう格好で大学に行くつもりじゃあるまいな……?」
「こんなコスプレじみた服で行けるわけないじゃないですか」
 あぁ、自覚あったんだな。真っ当な感覚を聞けて一瞬だけ安堵したものの……
「ちゃんと普通の男子大学生に合わせますよ。折角私服で先輩にもお会いできるんですから」
「待て待て待て!」
 どうやら礼慈は、大学でも彼氏として接したいようだ。が、それはマズイ。もしそれを見た男色家に、ぼくにソッチのケがあると思って近づいてこられたら……それに応えることなどできないぞ。
 慌てるぼくを見ても、礼慈に退く様子はない。
「でも、先輩が女のコとつるむなんて、自分であってもイヤなんです!」
 と、言いつつもぼくの作った焼きそばを頬張っている。モグモグしながら主張されても、あまり悲壮感は伝わってこない。
「せめて男装は学校外だけにしないか?」
「それは、大学内では声をかけるな、ってことです?」
「どこまで徹底してるんだ」
「それだけ真剣に、先輩のことが好き、ってことですよ」
 ……ぅ、そうはっきり言われると、さすがに照れてしまうな。言った本人も照れているようで、スススと静かにスープを啜っている。
「ぼ……ぼくも、礼菜のことが好きなんだが……」
 と、こちらからも勇気を出して口にしてみたところ――
「そんなこと聞いてません」
 酷い仕打ちである。
「女が好きだなんてフケツです。そういう言葉はボクに向けて欲しいですね」
 礼慈という存在がある限り、礼菜への想いは届かないようだ。
 主張がぶつかったときは、どちらかが折れるしかない。
 両者が納得できるやり方で。
「な……なら……ジャンケンで決めるか?」
「ヤですよ。そんな適当な」
 とはいえ、真面目に話し合ったところで、どこまでも平行線である。
 礼慈は部屋を見回して……ふと、棚の上に目を留めた。
「それなら、ゲームで決める、というのはどうでしょう?」
 元・<コゲ部>らしい、実に平和的な解決策である。

 食後、座卓から器は片付けて……洗い物は後回しに。礼慈が取り出してきたのは、古めかしいゲーム盤だった。
「リバーシか」
ボクが勝ったら、大学でも礼慈で、先輩が勝ったら、あたしは礼菜に戻ります」
 両性の一人称を使い分けている。どうやら彼女も彼女なりに本気らしい。
 だから、ぼくも本気で当たる必要があるだろう。
「それはいいが……ぼく、結構強いぞ」
「はぅっ!?」
 二年前、授業の課題でリバーシを作った際に、あまりに簡単にできてしまったので……思考ルーチンを自作する際に、徹底的に勉強したんだよな。お陰で、ネット対戦ならソコソコに勝てる“中の上”。それからしばらく触っていないが、定石は今でもしっかり覚えている。
 ぼくの自信を前に、礼菜の顔に不安が広がってきた。
 が、いまさら引っ込めるわけにもいかない。
 その結果――
「で、では……ハンデ下さい」
「ああ、置石一つでいいか?」
 隅に最初から石を置くことで、腕前の差を埋め合わせる――これは、取説にも載っている推奨ルールだ。が、これは彼女にとっても意外だったらしい。
「あら、簡単に呑んでくれるんですね」
「当然だ。力量を合わせないと勝負にならんだろう」
 勝てるか負けるか判らないからこそ勝ちたいと願う――それが、ゲームだ。
 最初から勝てないと判っていて、勝ちに行くか? 片やロードバイク、片や三輪車で真面目にレースに臨むわけがない。
 これについては――博打の世界が非常に良くできている。競馬だって、あまりに突出した馬が出走する場合は、重りを背負わせ足を鈍くするという。
 また、悪名高い野球賭博ではあるが、チームの成績に応じて下駄を履かせるらしい。この球団は今シーズン調子が悪いので、プラス何点、のような。
 どちらが勝つか明らかでは、みな勝つ方に賭けてしまう。
 どちらが勝つか判らないから博打として成立する。
 これでもし、一見平等なようで、大穴が圧勝してしまったとしたら……偶然の事故でもない限り、殆どのプレイヤが判断を誤るような重要な情報が秘匿されていた、ということに他ならない。八百長は論外として、例えば……お互い平均的な実力だという前提だからこそ負けた方が主張を引っ込める、という約束で勝負したのに、片方は密かに基礎練習を積んでいた、とか。それでは、公平性は保てない。敗戦後にそれを知ったなら、確実に禍根が残るだろう。
 やはり、ゲームは正々堂々、対等にぶつかり合うからこそ面白い。そして、そのバランス調整も、ゲームクリエイタの役割だと思っている。まあ、トータルデザインと比べれば、細かな数値調整なら、根気こそ必要とはいえ、そう大変でもないのだけれど。
 そんなわけで、勝敗を決めかねない情報はきちんと明示しておいた。その上で今回は……こちらがリバーシの基礎学習済み、引くことの、年単位のブランク、ということで、置石は一つが妥当だろう。
 これは気が抜けなくなったので……
「はぅっ、眼鏡ですか!?」
 礼慈――礼菜にとって、少し嫌な思い出もあるかもしれない。だが、この勝負には必要なものとなるだろう。
 これははるか昔――中学二年の頃、眼鏡が必要になった僕のために父が選んでくれたものだ。このフレームを、レンズだけ交換しながら今でも大切に使っている。
 僕の視力は元々軽度の近視なので、裸眼でも日常生活には困らない。ただ、これを掛けると視界がクリアになるのと同時に、こめかみへの程よい締め付けが集中力を高めてくれる。僕にとってこの眼鏡は、視力の矯正よりも、気合いを入れる意味の方が大きい。
 普段はプログラミングの際にしか掛けないが――ゲームのプレイのために掛けるのは本当に久々だ。
「先輩、本気ですね……あたしだって……ハンデまでもらってるんですから……!」
 こうしてやる気を出してくれるのも、勝てる可能性を感じてくれているからだろう。でなければ、面白くない。
 先行後攻はコイントスで決めた。まあ、コインというか、石というか。
「あたしが黒ですね。この盤面を真っ黒に染めてやりますとも!」
 何故だか礼菜の戦意が高揚している。そういえば、今日の服も黒系統だし……男子と言えば黒、というイメージがあるのかもしれない。まあ……理系男子大学生に関しては、あながち間違いでもないのだが。もしくは、青系。
 礼菜は、サクサクとゲームを進めていく。僕に勘を取り戻させないつもりだろう。
 しかし……やはり、覚えているものだな。あの講義は半分以上打ち方の研究と称してネットで対戦していたから。礼菜はそれなりに考えて打っているようだが、それは既に先人が通った道である。そして、そこから外れたとき――得てして、その方が不利となる。
 礼菜は、自分からこの勝負を持ち出したあたり、苦手ではないらしい。善手を打ち続けることで、自然と定石をなぞっている。がついに訪れた悪手。ゆえに、この時点で僕に有利な盤面となっているはず。だからこそ、僕は自分で作成したロジックを思い出し、優先度を導き出していったのだが……
「……?」
 おかしい。礼菜の打ち筋がどうにも無防備すぎる。これでは簡単に角を取れて――!?
「フッ、気がついたようですね」
 これが、試合勘の欠如というものか。
 本来あり得ない位置に、ポツンと黒石が置かれている。
 ハンデの一石――これは想像以上に厄介だった。
「ノータイムで打っているところを見て、先輩がロジックどおりになぞっていることは判りました。ですが、定石にハンデは考慮されていませんでしょう?」
 つまり、礼菜が考えていたのは僕に既定路線で打たせること。単純に自分を優位にするためではなく、できる限り僕にハンデのことを失念させるためだったのか……!
「罠を見落として踏み込んでしまったことを、後悔することですね」
「まだだ! これしきのことで僕のルーチンが崩れることなど……!」

       ***

 と意気込んでみたものの、ぼくにコンピュータのような先読みができるはずもなく。
「三一……三二……プラス二! ボクの勝利ですねっ!」
「うーむ、最後の最後で気が緩んだか」
 序盤の不利が終盤の逆転へと繋がるのもリバーシの面白いところではある。そこを突いて、かなり優勢には持っていったつもりだ。
 しかし……それで筋を読み損ねたのだろう。礼慈の最後の一手はとんでもないことになる、と判っていながら止めるすべもなく、縦横斜めと一気にひっくり返されてしまった。
 追いつかないでくれ……という祈りも虚しく、こうして背水の逆転劇を決められてしまったのである。
「ハンデがあろうが、ボクの勝ちに違いありません! 今後共男のコ同士仲良くしましょうね、先輩!」
 礼慈はこの勝利がよほど嬉しいらしく、これ見よがしに男子であることをアピールされてしまった。
「あー……ウン、仕方ないな、コレは」
 簡単に引き下がるぼくに対して、礼慈は少し疑い深い。
「もしかして先輩……ハンデつけたこと後悔してません?」
 それについては、むしろ逆だ。
「ハンデをつけなきゃ、普通に勝っていただろうからな。それじゃ、納得できないだろ? 何より――」
 ゲームを対戦するのに、最も重要なのは――
「なかなか、いい勝負だったじゃないか」
 一時は負けそうになったからこそ、ぼくは真剣に盛り返し、それが実ったからこそ、油断した。その一喜一憂が、ゲームの醍醐味だと、ぼくは信じている。
 結果として、勝てればそれに越したことはない。
 が、勝つためにゲームをしているわけでもない。
 そもそも、ゲームはゲームなのである。負けられない戦いに身を置く日常生活――試験や面接、恋愛だってそうだろう――その中で、勝っても負けても楽しい――そんな緩やかな娯楽がゲームなのだ。プロゲーマーを目指しているわけでもないし。
 ぼくが負けてしまったことで、礼菜に戻ってくれる機会を失った。それでも――
「ではでは、明日はデートに付き合ってくださいね!」
 微笑む礼慈が幸せそうなら、ぼくにとっても楽しい日々が待っているだろう。

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