恋の舞台の幕は、いつだって切って落とされます。
 あたしのような役者たちは、各々が自分勝手に思い描いたラブストーリーの台本を、何度も何度も頭の中で反復し、時には修正しながら、確実に演じきれる自信がつくまで脳内演習を積み重ねていきます。何故なら、公演は概ね一回コッキリで、失敗すれば第二公演などないのですから。
 自分と彼との二人きりの物語だったら、有限な時間を最大限に使えるので、まだいい方です。しかし、世の中にはその小指に赤い糸を何本も何本も括りつけて、まるで蜘蛛の巣のように女の子たちの心を捉えて離さない迷惑な男の子もいたりします。
 そんなイケメンのヒロインに立候補してしまった女の子は大変です。一人幕の裏でリハーサルに励んでいたつもりが、知らないうちに幕が開いていたりするんですから。そして別の誰か、自分ではない女の子が、客席に座る大好きな男の子に向けて、自分の筋書きにない愛の物語を勝手に演じ始めているのです!
 あたしの場合、まあ、気がついて良かったです。開いていく幕を察知できて本当に助かりました。危うく、客席最前列に座って舞台を観劇している想い人の前で、間抜けな一人芝居を続けるところでした。愛しい彼に向かって訴えかけ続ける共演者のすぐ隣で。
 とはいえ、この『不幸中の幸い』が意味するところは、なんとあたしへの『退場勧告』だったのです!
 つまり、一足先に勝手に幕を開けた共演者は、あたしに対してこう言っているのです。『貴女は諦めて舞台を降りなさい』と。


 その日の公演は、休日の喫茶店でした。
 あたしは、未だに練習中のつもりでその場に足を運んでいました。既に公演が始まっていたなんて、夢にも思っていませんでした。これは、完全に油断していました! 今回に限らず、この共演者とは、これまで何度も肩を並べてお茶を飲む間柄だったというのに!
「偶然か必然か判らないけど、まさか輝山きやまとの付き合いが延長されるとは思わなかったわ」
 と、彼女の台本には書いてあるようです。迷惑そうに肩を竦めて、というト書きも添えられて。
 ですが……何という三文芝居! 何という大根役者! 目元から口元に至るまでデレデレとだらしなく緩みきった嬉しそうな表情で言われても、そんなの宣戦布告以外の何物でもないじゃないですか!
 しかしこの女、演技は三流でも、女子高生としては超一級品です。
 成績は学年トップクラス、令嬢を思わせる凛とした佇まいで学級委員を務める彼女は鷹池たかいけ先輩。眼鏡が似合う三年生。紺のセーラー服の襟に垂れる長い髪は癖がなく、その飾り気のなさが古風でありながらも、その舐めやかさで地味な印象はありません。
 あたしが所属する部活の部長さんであり、想い人である輝山きやま工祐こうすけ先輩の同級生でもあり、そして、今のあたしに輝山先輩の話をしてくれる唯一の情報源なのです……。
 一方、あたしの愛する輝山先輩は、部長さんと同じ三年生でありながら垢抜けない容姿に残念な成績。人望も協調性もなく、クラス行事では孤立気味。惚れたあたしがいうのもアレですけど、決してモテるタイプとは思えません。ま、あたしが先輩に惚れたのは、そんな表面的なところじゃないから関係ないですけどね。
 つまりあたしが言いたいのは、文武両道品行方正才色兼備の学級委員であれば、他にいくらでも選択肢があったはずじゃあないですか、ってことです! それなのに……この完璧超人は、よりにもよってあたしの輝山先輩にゾッコンなご様子じゃないですか!
 あたしは諸事情があって、もう輝山先輩しか愛せません! そういう身体になってしまったんです! ですから、部長さんには年上らしい器の大きさを見せてもらって、先輩はあたしに譲ってくれないかなー、なーんてワリと本気で考えていたところでコレですよ……。
 あたしと部長さんの話題は、何時でも輝山先輩のことですが、走りは卒業後の進路についてでした。部長さんのことだから、どこの大学に行くのかと思っていたら、まさかの専門学校進学、というのだから無茶苦茶です!
 だって、試験の順位はいつだって下から数えた方が早い輝山先輩と、上から数えた方が早い部長さんが、同じ進路だなんて、自然の摂理としてあり得ないじゃないですか! 親御さんの立場で考えてみて下さいよ! 自分の優秀な娘が、惚れた男の傍にいるために順当な学歴を捻じ曲げて年間何百万もの学費を払っくれ、って言われて納得するもんですか!
 ゆえに、ここはあたしの出番です! 上から数えたり下から数えたり、可もなく不可もない成績のあたしでしたら、輝山先輩と同じ専門学校を目指しても、それは自然な流れです。先輩と部長さんが別々の道を歩み始めてからが、あたしと輝山先輩のメロドラマの始まり、というのがマイストーリーだったのです。
 そんなところに、部長さんが輝山先輩のレベルに合わせて専門学校に進むなんて聞かされたのです! 驚きのあまり、モンブランのてっぺんに居座っていた栗の甘露煮を、あたしが口に運ぶ途中にテーブルの上にポトリと落としてしまっても、誰もあたしを責めることなんてできないでしょう! 少なくとも、あたしは責めません!
 ちなみに、落とした栗は三秒ルールに基づき素手で掴んで食べました。
 さて、その部長さんですが、台詞に合わない表情を浮かべながら手持ち無沙汰に、無意味にマドラーでコーヒーを掻き回したりしています。ぽぅ、っと眺めるウィンドウの向こう側に、まるで輝山先輩の姿を夢見ているようです……!
 どうやら、部長さんがこんな表情を見せるのは、あたしだけみたいですね。普段の部長さんは色恋沙汰なんて興味なし! みたいにサバサバ感で取り繕っていましたから。ですから、あたしはそんな部長さんが乙女チックな一面を見せる唯一の相手として、これはある意味光栄なことなんですかねー。
 あたしがこの部活に入部して以来、鷹池部長さんとは部長と部員、先輩と後輩、やがて学年の離れた友達に近い関係、と少しずつ親密になっていきました。今でこそ部長さんのことは学年を超えた大切な友人、だと思っていますけど、正直に言えば、最初は打算的に近づいたことは否めません。そもそも、この部活に入ったこと自体、先輩が目的でしたから。ですから、昨年度に退部してしまったと知った時点で入部する理由はなくなっていました。とはいえ、出し掛けた届書を引っ込めるのも失礼なので、こうして今も部活動を続けています。
 部活で輝山先輩にお逢いすることはできませんでしたが、あたしは諦めず、先輩の唯一の同学年である部長さんを頼ることにしました。
 何とかあたしと先輩の仲を取り持ってもらおうとして、
「そういえば、輝山先輩って二回もコンテストに入賞されてるんですよね。一度話を聞いてみたいんですがー……」
 と輝山先輩の話題を振ってはみるのですが、
「あんなヤツに関わるのはやめておきなさい。ロクなことがないわ」
 と、けんもほろろにあしらわれてしまいました。
 先輩の話をすると部長さんは露骨に嫌な顔をするので、忘れた頃にちらほらと話題に挙げるのですが、
「輝山先輩って、理系科目は得意そうですよね」
「知らないわよ、あいつの成績なんて」
 バッサリ打ち切られてきました。
 あたしはどうしても輝山先輩と接点を持ちたかったのですが、廊下で突然見知らぬ女子から話しかけられても、先輩は訝しく思うことでしょう。だからこそ、部長さんに紹介して欲しかったのに、この体たらくです。
 どうして部長さんはここまで徹底的に輝山先輩のことを嫌うのか、あたしはとても不思議でした。しかし、その疑問は、文化祭の日に解消されたのでした。
 当日、部活を辞めたはずの輝山先輩が、なんと部室にやってきたのです! 一般生徒への展示物の紹介にかこつけて、あたしは先輩に話しかけようとしました!
 ところが……!?
「ちょっと! うちの部員にちょっかい出さないでくれる!?」
 あたしが先輩に声をかける間もなく、部長さんは輝山先輩に対して怒鳴りつけると、あたしの手を掴んで準備室の方へと引っ張っていってしまいました。何故怒られたのか判らず、輝山先輩は呆然としていましたが、いつものことなのか、すぐに一人で展示物の鑑賞を始めていました。
 準備室に連れて来られたあたしは、一言も話していないのにちょっかいも何も……と部長さんに弁解しようと思いました。が、やめました。怖かったから、ではありません。睨まれてはいましたが、怖くはありませんでした。何故ならそれは、真っ赤な顔で、目の縁に涙を浮かべながらの、抗議の視線だったのですから。黙ったままあたしのセーラー服の端を摘んで、お願いだから、輝山が帰るまでここに居て、と訴えているようでした。
 ここで、あたしは今まで抱いてきた勘違いにようやく気づきました。
 部長さんが嫌っていたのは、先輩ではなかったのです。先輩の話をするあたしであり、先輩との間を取り持たせようとするあたしだったのです!
 これを境に、部長さんと二人きりのとき限定ですが、部長さんは、あたしが先輩の話を振っても嫌な顔をしなくなりました。それどころか、自分から輝山先輩の話を振ってくれるようにもなりました。自分の本音がバレてしまったと観念して、それ以上隠す必要性を感じなくなったようです。
「この間の試験でね、輝山のヤツ、また数学赤点だったのよ。中学生の頃は私、数学で輝山より良い点取ったことなんて一度もなかったのに。高校に入ってからどんどん悪くなって、最初に赤点取ったのは三学期だったかしら。その時、輝山は何て言ったと思う?」
 知らなかったはずの先輩の成績を、本人よりもよく知ってるのではないかと思えるように語りまくるのでした。本当は、話したくて話したくて仕方がなかったようです。
 あたしは部長さんの話を聞きながら、当時の先輩を思い浮かべたり、自分が同学年だったらどうしたかな、と想像を膨らませながら楽しくお話を聞かせてもらっていました。

 しかし、楽しいことばかりではありませんでした。特に、今日みたいにあたしと先輩の仲を邪魔するようなことを言われて楽しいはずがありません!
「そーは言ってもー、部長さんの成績を考えたら、家の人は認めてくれますかねー? 国立大学の推薦貰えるほどの部長さんが専門学校なんてー」
 なんて毒付いてみたりするあたし。
「長い付き合いだし、むしろ私が一緒の方が安心なんじゃないかしらね」
「何の話をしてます?」
「ああ、家の人って、もしかして私の親のこと? 私、輝山のお義母さんとの方が仲が良くってね。ほら、中学生の頃から家族ぐるみでお付き合いしてるから」
 義母!? そんな漢字違い&勘違いなんてありえませんよ!! ことあるごとに輝山先輩とは仲が良くってねアピールは止めてください!!
 ……こんな感じで、あたしと部長さんのお茶会は、最初はにこやかに、そしてギスギスしたまま幕を下ろすのです。原因はいつも輝山先輩。それは判っているのに、お互い話さずにはいられないのです。性懲りもなく話題として取り上げては、笑顔の言い争いが絶えません。
 先輩が二人いればいいのに。そんなことを本気で考えたりするのでした。

 鷹池部長さんと仲良く喧嘩した後、コンビニで買ったお夕飯の袋をぶら下げて帰宅しました。
 鍵をカチャカチャやって潜った扉の向こう側は、しんと静まり返って、薄暗いままです。誰も居ないのだから、当然ですけど。
 あたしの両親は、仕事柄家にいないことの方が多いのです。日本各地、時には世界を飛び回って、夫婦仲良く仕事に精を出しておられます。あたしも、学校がなければお父さんの仕事を手伝えるのに、と思うと少し残念です。
 手荷物を下駄箱の上にポンと乗せて、靴を脱いで玄関に上がります。そのまま靴下も脱いだけど、片付けるのが面倒なので廊下の隅にポーンと蹴飛ばしておきました。お母さんに見られたら小言を言われてしまいますので、一人ならではの無精ですね。
 衣替えしたばかりの冬仕様の制服のファスナーを開けて、そのまま肩口からスッポ抜きます。頭が衿口を通過する時、頭の両脇少し高めで束ねたツインテールが一度だけ大きく羽ばたきました。中学生の頃からこの髪型なのですが、高校生ともなると……ギリギリセーフ? いや、アウト? 卒業するまでには考えておきます。
 脱いだ上着にハンガーを通して玄関脇に吊るしておきます。スカートもするりと脱いでハンガーで一緒に吊るします。学校に行く時の服は、こうして玄関前にワンセットにしておくのです。
 冬服の季節ともなると、ちょっと寒くなってきたかも、などと思いながら、ブラの留め具を外しました。束縛から開放されてもあまり形を変えないこの両胸は、まだまだ育つものと信じて、今日も牛乳を買ってきました!
 肩紐から肘を抜いて、軽く畳んで靴下の上に狙って放り落としました。お腹を締め付けるパンツもスルっと下ろして、足の先に引っ掛けたところでブラの上に目掛けて蹴り上げてみます。が、目測が外れてダイニングの方に飛んでいってしまいました。が、そもそもブラも靴下と同様に適当に放っているだけなので、後で纏めて回収しておくことにします。
 玄関で脱ぐべきものを脱いだら下駄箱の上の荷物を再度手にとって、自室のある二階へと階段をトントンと軽快に上がっていきます。今日のお夕飯は、蜂蜜蒸しパンと美味しい牛乳ですよー。
 部屋の中はちょっと肌寒い気はしますが、まだ暖房を入れるほどではありません。パソコンを付けたので、多少は暖かくなるかもしれませんし。
 鞄やら夕飯やらを部屋の中央に陣取る座卓の上に置いて、あたしはベッドに腰を掛けます。普段なら、そのままゴロンと横になって物想いに耽ったりすることもありますが、今日はそんな気分になれませんでした。壁に掛けられたカレンダーが目に入ってしまったからです。
 電気も付けず、起動中のモニターの明かりだけでは、小さな日付の数字までは読み取れません。それでも、大きなOctoberの文字だけはハッキリと読めました。
 October。和訳すると、十月。
 あと半年足らずで、輝山先輩は卒業されます。その後の進路は、十中八九情報系の専門学校だと思います。先輩の成績で大学は難しいでしょうから。
 そしてあたしはOB訪問と称して専門学校生となった先輩を訪ね、少しずつこちらのことを知ってもらうのです。そして二年後、あたしの入学と入れ替わるように卒業していく先輩に、あたしは想いを告げるでしょう!
 想いが通じたその暁には、社会人となった先輩と同棲したりして、アレやらコレやら先輩との愛に満ち溢れた至福の日々が待っている予定なのです!
「もう学生でもないし、先輩という呼び名はおかしくないか?」
 先輩のそんな提案に
「じゃあ、コースケ君、で」
 コースケ君。
 はわゎ。
 一人でいる時は、半ば呪文のように口ずさんでいるこの呼び名を、本人を前にしてきちんと音読できるのでしょうか。普段はスラスラ早口言葉の如く言えますけど、そんな時だけ噛んだら恥ずかしいですね……。
 そして、先輩もあたしのことを、ちゃんと名前で読んでくれるでしょうか。抱き合う時は、きっとお互いを下の名前で呼び合っているんでしょうねー……。『礼菜』『コースケ君』……はぅはぅー……こんなことを考えていると、一人でニヤニヤしてしまいます……!

 October。

 部屋のカレンダーが、あたしを悲しい現実に引き戻します。さっきまで空いていた小腹からも、食欲がすーっと消え失せてしまいました。
 昨日までは、半年後が楽しみで仕方なかったのに。それが、今日の部長さんの一言で、無惨にもひっくり返されてしまうなんて!
 何より、親御さんまで絡めてくるなんて、ちょっとズルくないですか!? 『中学生の頃から家族ぐるみでお付き合いしてるから』なんて、まるで家族公認で交際してるかのような言い草じゃないですか! 鷹池先輩の様子を今まで伺った印象だと、二人は恋人同士、ではなさそうですが。しかし、限りなく恋人に近い恋人未満の関係として、二人が同じ学校に進学することに、両者のご両親の了承は得られている、ということでしょうか!?
 訊けません。怖くてとても訊けません……。
 そして訊けずに怖気づいたまま半年過ぎた時、部長さんの進路が本人の申告どおりでしたら……!
 先輩へのOB訪問は、鷹池部長さんの全力の妨害により、OG訪問に変更されてしまうでしょう。
 学校も離れて、輝山先輩との接点も持てずに指を咥えているだけのあたしをヨソに、密に時間を過ごす二人の間にオトナの間違いが起きるのは時間の問題です……!
 はぅ……本当にどうしましょう……はぅー……はぅはぅー……。

 …………。

 とりあえず、シャワーでも浴びることにしました。
 階段をトテトテと下り、玄関前に脱ぎ散らかした下着類を拾い集めます。
 そのまま浴室に向かいましたが、入浴前に手にした下着をネットに入れて洗濯機をスイッチオン。乾燥までやってくれるのはありがたいのですが、この機能を使うと入れられる量が激減するのが難点ですねー。だから、こうして溜めずに一日分ずつ回すのが習慣になっているのです。
 シャワーを浴びながら、こんな無精洗濯は地球に優しくないかな、と少し反省。一緒に暮らすようになったら、機械に頼らず、ちゃんと洗濯物を干すようにしないとダメですね。学生のあたしの方が時間あるのだし。
 そういえば、お風呂に一緒に入る夫婦はトキメキが減ってしまう、という話を聞いたことがありました。でも、たまにはいいですよね。髪とか洗って欲しいですし。
 早く二人で入れるようになりたいですー、なんて思いながらも、一人である今は、単に体を洗うだけの場所となってしまっています。髪も自分で洗って、サクっと浴室から上がりました。自分一人のためにお湯を張るのも勿体ないですし。
 体の水分を軽く取ったら髪をバスタオルで纏めて、そのまま自室に戻ってきました。湿った身体が、少し肌寒く感じます。もう少し寒くなったら、ちゃんと身体も温めた方がいいかもしれませんね。
 そして、部屋に戻ったあたしはそろそろ夕食を摂ろうとベッドの上に腰を掛けると、何やら嫌な文字が目に入ります。

 October。

 ……ああ、もうあのカレンダーは掛ける場所を変えた方がいいかもしれません。ですが、今はそんな気力も起きず、両手を広げてバタンと仰向けに倒れました。
 ここのところ、二年後に対する空想が自分の中での決定事項になっていて、それ以外のことに頭が働かないのです。
 あたしのシナリオでは、部長さんは今年いっぱいで退場するはずでした。学校が別々になれば、あの二人が今までのように絡む名目などありはしない、と高を括っていました。
 しかし、部長さんの立場で考えれば、それまでに何も手を打たないはずはないですよねぇ。部長さんが本性を現したのがほんの一ヶ月前だったので、これまで築き上げてきたシナリオを崩したくない、なんて我侭を言わず、真剣に向き合うべきでした。
 ……いえ、向きあおうとはしたんです。でも、向き合うにはあまりに辛く厳しい現実でした。
 片や頭が良くて、器量もスタイルも教師受けも良く、真面目でスポーツもこなす上に輝山先輩とは同級生。どうやら中学生の頃からの付き合いで、親御さんとの関係も良好。
 一方のあたしは、学力は平均、器量も平均、身体は平均以下の発展途上。特技といえば、妄想を文章にして書き連ねることだけ。趣味嗜好は、とてもじゃないけど人には言えません。
 何より致命的なのは、おそらく輝山先輩はあたしの顔も名前も知らないのです!
 ……勝負になりません。というか、あたしはスタート地点にすら立っていません。遥か六年前に走り出したトップアスリートに対して今頃追いかけ始めて、どんなチートを使えば追いつき追い越せるというのでしょう!? そんな都合の良すぎるシナリオなんて、思い描いただけで興醒めです!
 絶望的です。
 もう諦めた方が良いのでしょうか。
 何もする気が起きません。
 室温でヌルくなっていく牛乳を冷蔵庫にしまう元気もありません……。
 あたしはそのままもぞもぞと掛け布団の中に潜り込みました。
 どうしよう……。
 先輩に恋してからの二年間、あたしは先輩のことしか考えていませんでした。今となっては、もう先輩なしの人生なんて想像できません。明日学校に行く意味すら解りません。もう引き篭もってしまいたいです。やっぱり怒られてしまうでしょうか。あたしを信頼して、家を開けているお父さんたちにも申し訳がありません。
 何もかも忘れて眠ってしまいたいのに、部屋が中途半端に明るくて寝付けません。この明かりは……パソコンですね。何かと使うことが多いので、帰ると同時に電源をいれるのが習慣になっていました。
 枕元から見えるデスクトップには、いくつかのショートカットアイコンが並んでいます。そして、一番使用頻度が多いのは……やはり、アレでしょうね。
『封印の宝玉と冒険者たちへのショートカット』
 これこそが、あたしの心が先輩に固く結び付けられて離れられなくなってしまったキッカケなのです。
 二年前、お父さんが新しいパソコンを買ったので、古い方を譲り受けました。とはいえ、それは仕事用。遊べるアプリなんて殆ど入っていません。なので、あたしはフリーのゲームがたくさん入ってるパソコン雑誌を買ってみたのでした。
 その雑誌では、毎年年度末に『学生プログラミングコンテスト』略して『プロコン』を催しておりまして、雑誌を買ったのが、たまたまその結果発表と、受賞アプリが付録についていた号だったのです。
 その中の佳作の一つが『封印の宝玉と冒険者たち』。作ったのは、当時中学三年生だった輝山先輩でした。
 見下ろし型のダンジョンの中を、ひたすら探索していくゲームです。が、先輩はグラフィックが苦手なのか、マップからキャラに至るまで、全て記号的な直線と曲線で描かれていました。
 妄想力が無駄に豊かなあたしには、それが良かったのかもしれません。幾何学的な模様の数々は、あたしの想像力を刺激したようで、気づけばドップリとハマっていました。何度でも楽しめるゲームシステムは、あたしを飽きさせることはなかったのです。
 ……というのは、ちょっとズルイかもしれません。先輩のゲームはとても面白かったし、何度も何度もやり込んだのは事実です。でも、あたしのハートを貫いたのは、実は、ゲームそのものではなかったのです。
 このゲームには、六種類のジョブがあります。強力な武具を使いこなす戦士や、MPを消費する代わりにアイテム無しで特殊効果を発揮する魔導師などですが、あたしが特別惹かれたのは『忍者』、でした。
 このゲームは、木の棒+布の服、という『虫取りですか?』という装備で始まり、道中で拾った装備でキャラクタを強化させていきます。敵を倒してレベルを上げ、強い装備を探して補強しながら、先に進むにつれて強くなっていくモンスターに対抗していくのです。
 しかし、この忍者だけは特別でした。攻撃時のクリティカル率と回避率がずば抜けている代償として、武具を装備すると、その分ステータスが下がるのです! 端的に言えば、何も装備しない状態が最強なのです!
 ですから、忍者が洞窟に入って先ずすることは、装備品の解除です。右手に握った木の棒を投げ捨て、着ていた布の服を脱ぎ捨てます。
 全裸です。
 円と直線で描かれたキャラクタの身体は、見事に肌色一色です。
 エロさを感じさせるようなグラフィックではありません。が、あたしの想像力が、脳内に鮮明な映像を描き出すのです!
 広く深い洞窟の中を、一糸纏わぬ生まれたままの姿で探索を続けていく忍者の女の子。
 隠し通路を探して壁をまさぐるときも全裸。
 モンスターと対峙するときも全裸。
 ちなみに、武具は装備しませんが、特殊効果を持つ首飾りや指輪は問題なく装備できます。グラフィックには反映されないものの、結果的に、素肌を晒したまま、色とりどりのアクセサリーで着飾られることになるのです。
 それを妄想して、綺麗と胸をときめかせているあたしは……やはり、ダメなのでしょうね……。
 哺乳網……霊長目……ヒト科……族。
 そう、あたしはこのゲームと出逢うずっと前から、いわゆる服を着ない生活に魅入られてしまっていたのです。このゲームの忍者ではないけれど、何も身につけず、裸でいることで自然な気分になれるのです。服、特に下着類は締め付ける感じがして好きにはなれません。
 とはいえ、もし法が外を全裸で出歩くことを許しても、この格好で往来を闊歩する気にはなれないと思います。あたしだって乙女なので、裸を他人に見られることは恥ずかしいし、犯されることには恐怖心だって抱きます。
 だから、せめて自宅のような安全な場所ではいつでも開放的でありたいのです。さすがに両親が家にいる時は、裸でいると咎められるので、仕事で家を空けてもらえる今の生活には、とても満足しています。限定された狭い一室の中より、広々とした家の中で自由に行き来できた方が気分が良いですからね。もし一人暮らしを始めるなら、きっと衣装棚は玄関に備え付けられるでしょう。
 そんな自分に気づいて以来、何度かこの悪癖を治そうとはしてみました。ですが、どうしても服を着ていると心地が悪いのです。もし恋人ができて、同棲するようになったら、家の中では服は着てないと嫌われちゃうんでしょうね。そう思うと、あたしはもう独りで生きていく他ないのか、と開き直ってすらいました。
 このゲームと出逢うまでは。
 先輩がどんな気持ちでこの『忍者』というジョブを作ったかは分かりません。でも、あたしの夢見る世界がそこに詰まっていたのです。この忍者を思いついた先輩なら、きっとこんなダメな性癖のあたしでも受け入れてくれる。裸のままのあたしを受け入れてくれる。そんな風に信じられてしまったのです!
 あの瞬間の、胸を貫くような衝撃は今でも覚えています。会ったことも話したこともないのに、あたしは輝山先輩の虜になってしまったのです。
 先輩のゲームの忍者を活かすコツに気づくまでは、様々なジョブのキャラにその時々でオリジナルの名前を付けて、勝手にキャラ設定を考え、仲間との掛け合いとか想像して楽しんでいました。それはそれで、実に楽しかったです。
 しかし、忍者は初期装備すら外した方が強いことに気づいた時からは、それ以上新たなキャラを作成することはなくなりました。
 主人公のジョブは、女忍者。名前は『レイナ』。あたしの下の名前。そして、パートナーである仲間のキャラは、男忍者。名前は勿論『コースケ』。このストリーキングな二人は、かれこれ二年間も洞窟内で愛を紡いできたのでした! ……ゲームの中で。ああ、我ながらダメっぽいですねー……。
 ゲームのことを思い出したら、寝てばかりもいられない気がしてきました。あたしは無気力なまま布団から這い出します。
 白いカーテンの向こうから月が丸い明かりを滲ませていました。カーテンをさっと明けると丸くて綺麗なお月様が浮かんでいます。ああ、今日は満月だったんですねー。
 窓も明けると夜の冷たい空気が流れ込んできて、あたしの肩を撫でてゆきます。こういうのって気持ちが良くて、あたしは好きです。もし、目の前に家とかが建ってたら、こんな風にぼんやりと月を眺めることもできなかったでしょうから、目下の駐車場には感謝しなくてはいけませんね。
 二階の高さには視線がないとはいえ、誰かが路上から見上げれば見られてしまうことには違いはありません。部屋の証明は消していますが、背後のモニタの明かりはあたしを逆光気味に照らしていますし。
 外の空気を全身に浴びる解放感で少しだけ元気も出てきたので、窓とカーテンを締め、パソコンデスク備え付けのオフィスチェアに腰を掛けます。
 現実に疲れた時は現実逃避に限ります。例のショートカットをダブルクリックしてゲームを起動。ウィンドウは現れますが、タイトル画面は真っ黒で、白い文字でゲーム名が表示されるだけ。上部メニューバーの「ファイル」の項目から、「ロード」を選ぶと、あたしと輝山先輩の冒険が再開されます。
 地下二十階に設置されている祭壇に宝玉を捧げ、ラスボスを倒せばクリアなので、あと二フロアですね。この辺りまで来るとさすがに忍者二人では厳しくなってきますが、今更他の仲間と冒険する気にはなれません。
『コースケは炎の剣を拾った。』
『コースケはドラゴンに36のダメージを与えた!』
 メッセージウィンドウに『コースケ』の名が出る度に、あたしの胸に孤独が押し寄せてきて締め付けます。今まで幸せいっぱいだった名前が、今はただ苦しいばかりです。
 一頻り苦しんだところで、
「あー……もー告っちゃいましょうかねぇー……」
 そんな無茶な提案があたしの口からポロリと漏れました。自暴自棄になっているのが自分でも判ります。
 どーせこのまま何もせずに終わるくらいなら、ヤることヤっちゃったほーがいーんじゃないでしょーかァー? 失敗しても、同じ学校に通うのは残り半年程度ですしィー。
 とはいえ、いきなり見ず知らずの下級生から告られて『よし付きあおう!』なんて安易に回答するのってなかなか想像できません。先ずは何らかの形でお知り合いになって、時間と空間を共有する中で親密度を上げていって、最後の一押しとして告白するのが常套でしょう。
 だからといって、『友だちになって下さい!』というのも先輩に対するお誘いではありませんねぇ。『パシリにしてください!』いえいえ、パシりたいワケじゃないですし。『肉奴隷にしてください!』……身体だけの関係じゃ嫌です!
 口頭では伝えられる内容に限界があります。ここは念入りに検討するために、ラブレターなるものをしたためてみるのはどうでしょう。
 ゲームの中のキャラクタを操作する指を止め、ちょっと考えてみます。ですが、思い浮かぶのは先輩との妄想ライフばかりで、先輩の心を瞬時に惹きつけるフレーズが全く思いつきません。OB訪問から始まるあたしの物語は既に没られています。今から別のあらすじを考え直さなくてはなりません。
 そもそも、何で先輩は部活を辞めてしまったのでしょう。先輩が今でも続けていれば、こんなに悩むこともなかったのに!
 去年『もうゲームは作らない』と宣言して、部員たちとの間で揉め事を起こして飛び出していった、と部長さんからは聞きましたが詳細は不明。
 輝山先輩といえば、この『封印の宝玉と冒険者たち』の次の年も二年連続で入賞する凄腕の学生プログラマとして雑誌の中では有名です。応募者個人で特集を組まれるなんて、他にはいませんでしたから。
 一昨年の受賞の際に、コンピュータゲーム部一年・輝山工祐、と明記されていたので、その頃までは確かに在籍していたはずです。
 その先輩がゲーム作りを辞めていたなんて夢にも思わず、勢いよく繰り出した入部届を引っ込めるわけにもいかず、そのまま惰性で部活に在籍し続けているのです。
 あたしが作ったプログラムといえば、他の方々のお手伝いを除けば、こっそり家で作っていたビジュアルノベルくらい。
 何故部活動として作らなかったか、といえば、まあ、そうですねー……。社会通念上、男女の性器が交わる描写のある物語は十八歳未満はお断りなのが一般的だから、ですかね。空気読みました。
 先輩に異性として憧れて、少しでも先輩に近づきたいと思ってゲームを作ってみたものの、筆を進めるとどうしてもヒロインが脱いでしまい、男たちによって貫かれる展開が避けられないので、結局どこにも出せずにお蔵入りになってしまいました。
 そんなわけで、あたし個人が表立って何かを発表することはなく、今では部として『プロコン』に応募するための合同作の各種細かい機能を、流動的に制作しています。しかし、今年度の締め切りには間に合う気がしません。
 秋の文化祭までは、みんな個人で好きなモノを作っていました。そして、そこからは年度末のプロコン締め切りに向けて一致団結する……予定だったのですが、共同制作に興味のない二年生が一足早く半引退状態になってしまい、プログラミング制作に慣れない一年生を引っ張りながら、部長さんがほぼ一人で奮闘している状態なのです。何だかんだいっても、あの部長さんは凄い人なのです。時間さえあえれば完成はできるかもしれませんが、如何せん時間も人手も足りません。
 もし、輝山先輩が部に復帰してくれたなら、きっと間に合うと思います。実際、今まで入賞するレベルのゲームを二本も完成させている人なのですから。
 モノ作りにおいて、完成させる、というのは特殊なスキルです。あたしも、妄想小説を何度か書いてきたので解りますが、最初は快調に進めていても、徐々に手が鈍ってゆきます。それまで築き上げてきたものとの整合性が取れなくなってきたり、そもそも同じコンテンツと向き合い続けていると、モチベーションも下がってきます。そうして、様々な理由をつけて途中のまま放り出してしまうのです。あたし自身、未完成のまま放置しているテキストがいくらかあります。
 部長さんは、いなくなってしまった二年生がいる前提でゲーム全体を設計してしまいました。ゲームの企画自体もほぼ部長さんが一人で組み立てたものなので、思い入れも強く、妥協はしたくないのでしょう。いなくなった部員たちの分まで背負いこんでいますが、限度もあります。
 輝山先輩なら、きっとこの状態を解決してくれるはずです。プログラミング技術は勿論、スケジュールに合わせた無理のない仕様に調整して、締め切りに合わせて完成させることに尽力してくれると思います。部長さんだって、輝山先輩に言われたら何だかんだで飲み込むでしょうし。惚れた弱みというやつで。
 何より、部に先輩が戻ってきてくれたら、あたしが嬉しい。
 うん、この路線でいってみましょうか。
 あたしは、部のために輝山先輩に戻ってきて欲しい後輩部員、という設定。自分も熱心な部員だということを示すために、あたしのゲームもやってみてもらいましょう。そして、このゲームが面白かったら部に戻ってきて下さい、なんて挑戦状みたいな体裁にしてみます。とはいえ、負けたら負けたで再戦名目で先輩に付き纏うつもりですが。
 ノベルゲームなら本文さえあれば即興で作れるし、公開しないなら……その、アレでも構わないはず。むしろ、健全な男の子なら喜んでくれるに違いありません。
 そして、どうしてそんなに戻らせたがるのか、という話題が上がったら、タイミングによっては、告ってしまいましょう。
 さっきまでの絶望感が嘘のように吹き飛び、ヤる気が満ち満ちてきました。ちょっとした空腹感も戻ってきました。ポリ袋に入ったままの牛乳がダメになる前に腹ごしらえして、早速執筆に取り掛かりましょう!

 それからしばらくは、充実した日々が続きました。部長さんに気取られないよう部活にも普通に参加して、帰ってからは先輩のための物語の作成に勤しみました。
 時間が惜しかったので、話の展開は過去の未公開作品を流用しつつも、話の舞台だけは新規に書き下ろしました。モチーフは勿論、『封印の宝玉と冒険者たち』。あたしが先輩の作品のファンだって知って欲しいから。
 原作に物語と呼べる物語はないので、忍者の女の子が、大好きな男の子と共にダンジョンの謎を解き明かしていく、というオリジナルストーリーを用意しました。
 さすがにキャラの名前までゲームと同じにする勇気はなかったので、適当に別の名前を付けました。
 物語が完成したら、今度は分岐を付けていくのですが、これが面倒な作業で、あたしは正直好きではありません。なにせ、わざわざ相応しくない展開を用意して、すぐさまバッドエンドとして幕を下ろすのですから、作っていて楽しいわけがないです。自分がプレイしていても、あまり楽しいとは思えませんでした。楽しくなかったら、先輩は部に帰ってきてくれません。部活で制作しているゲームが完成するまでは付き纏い続ける理由はありますが、戻ってきてくれた方が嬉しいに決まってます。
 もうこの際、時間もないし、一般的なデジタルゲームの枠にとらわれるのはやめましょう!
 作中には様々な伏線を用意していますが、物語が進むにつれて、主人公は自分自身でそれに気付き、前の方に出てきた伏線を回収していきます。これって、出題と回答の関係に似てますよね。ですが、もし、主人公が伏線に気付かなかったら……!?
 つまり、伏線張りと回収を別の話にするのです!
 最初の話では伏線を張るだけ張って、そのままバッドエンド。で、セーブポイントたる地上に戻って、記憶とかデータを戻してやり直すのですが、今度はその伏線を一つ回収します。ですが、次の伏線に気付かずバッドエンド。
 そうこうしているうちに、最後には伏線を全て回収してハッピーエンド、という仕組みです。作中の主人公が全ての伏線に気付く前に読者たる輝山先輩に正解を当ててもらう、という『ゲーム』です。これなら輝山先輩も楽しんでくれるはずです!
 大きな伏線は全部で三つあったので、最初の出題編と合わせて四つに割りました。そして、それぞれにサブタイトルを付けていきます。
 第一章『すべてはここから』
 第二章『きづいてしまった、ほんとうのじぶん』
 第三章『であってくれて、ありがとう』
 最終章『すてきなあすへのみちしるべ』
 頭を並べると『すきです』というメッセージになるのです! 偶然ですよ! ……って言い張れるギリギリのところで、先輩がそれに気付いて意識してくれたらいいなぁ、なんて思ったりしています。それによって何か進展してくれれば良いのですけど。
 あとは、四分割された物語が同じ舞台として矛盾なく物語になるよう調整して、バッドエンドの章にはバッドなエンドを用意して、加筆修正すること数日間。ついにあたしの野望は完成しました! 選択肢によって分岐させる必要がなくなったのでテキストファイルそのものになってしまったけれど……ゲームブックの変則系? ともかく、これはこれで新しい形のゲームと呼ぶことにしましょう!
 完成日は結局徹夜になってしまいました。週末のテンションのまま月曜の朝まで手直しを続けていたのです。あとは、遊び方の説明書も別途付けて、メディアに焼けば……と、あれ? ドライブの調子がおかしいですね。何度やってもエラー、エラー。気ばかり焦りますが、一向にうまくいきません。新しいドライブを用意するとなると、来週になってしまいます。ここまで来て、それはないでしょ!
 ドライブの設定が間違っている? それともメディアの方に問題が? 帰ってから調べ直した方がいいのかな? 原因は不明のまま、時間ばかりが過ぎていきます。
 そして、ついに、

 ポンピロピロポン♪

 上手に焼けましたー! ですが、さすがにこれ以上は何をする時間もありません。無地のメディアと一緒に、それを入れるつもりで用意した封筒も空のままカバンに差し込み、それを掴んで階段を駆け下りました!
 玄関に吊るされた制服上下に身体を通し、整える暇もなく絡み合った髪を振り乱しながら、あたしは息を切らして通学路を駆け抜けてゆきます!
 今朝は徹夜明けだというのに、肩も足腰も妙に軽く、何とか一限目の授業から間に合いました。
 昨夜からのノリノリで執筆してましたから、それの残滓のお陰ですかねー? なんて気楽なことを考えていたのですが、座席に腰を下ろした時、不自然に快調だった本当の理由が解りました。お尻の肌触りがいつもと違う……?
 それで、大変な忘れ物をしてきたことに気付きました。
 あたし……パンツ忘れてきました! あと、ブラも! こんな短いスカートなのにノーパンで走ってきたなんて!! 誰かに気付かれてないでしょうか……。内心ひやひやで、授業も耳に入りません。しかし、喉元過ぎれば何とやら、と申しまして……違う意味で先生の話が耳に入らなくなってきてしまいました……。
 そっとスカートの中を確認してみると……ぬるり、と嫌な感触がします。しかし、更に奥に指を進めると、それはむず痒い感覚に変わります。触れれば触れるほど痒さは増し、それでも触れずにはいられず、指の動きはより激しくなってしまいます。
「ん……っ、んん……っ!」
 喉の奥から込み上げてくる震えを何とか抑えつつも、右手は抑えることができません。上着の裾から左手を差し込み、お腹を掻くフリをして、もっと上の、制服の内側で自由になっている膨らみの先端に触れてみると
「うっ……、んっ……!」
 ついに堪えきれず、変な声が漏れてしまいました。下から溢れるクチュクチュと掻き回す音はバレてないでしょうか。お願いですから、誰も気付かないで下さい……。だって……もう少しなんですから……っ!
「あっ! ……うっ……ふぅ……ん……♥」
 あ……あたし……何てことを……。授業中の教室でなんて……。あたしは、もう二度と下着を穿き忘れないようにしよう、と猛省しました。だって……次忘れたら、その時も絶対やってしまうでしょうから♥

続きは以下の配信サイトにてご購読いただけます。

●以下のサイトは印刷物の通販となります●
各サイトによって価格が異なる場合があります。